演劇講座 第4回「表現の方向

 前回の奈良県在住のM様より、再び文字化けしてないメールいただきました、何度もありがとうございます、今度はしっかりと読むことができました。応援メールに後押しされての第4回!

 役者さんが演技をする時に大前提となるの「演技はそれを見ている人達に見せるために行われる」という事だと思います。

 日常生活でも無意識の行動とは別になにがしか意識して行動したりする事があると思いますが、広義ではこれも演技という事になるかもしれません、しかし、演技してる側は無意識とは別の何かがあって行動するわけですが、この場合“その演技を見る人”が定義できません。
 例えばバス停に行ってみると憧れの彼女がいました。あなたは心の中はドキドキしてますができるだけ平静を装い何事も無いように歩いていきます。フッと彼女と目線があってしまいました、ドキッとしましたが、さらに何でも無いようにしかしかなり意識した上手な笑顔を作って明るく好青年風に「おはよー」と言って見ました。

 この場合、彼の方はかなり演技してる状態だといえると思いますが、彼女の方は“演技を見る”という立場ではなく、演技していない通常の彼を見ているつもりでいます。
 役者さんの演技と日常での意識された行動との違いはこの「“演技を見る”つもりの人がいるかいないか」にかかり、俳優の演技は“演技を見るつもりの人達へ見せる”演技をしていくということです。
 ですから日常の演技は自分自身の中で内向的に行われますが(〜のふりをする)役者さんの演技は外へ向かう(見ている人へ向かう)方向性があります。
 (以前は物語には観客席など無いのだから、役者の演技は完全に登場人物になりきり、観客など意識してはいけない、と言われたこともありました。旧演劇講座参照)

 前回までで感じた事を感じた分だけ表現する練習をしました。しかしこの時の表現には、“その演技を見ている人”が想定できていません。
 したがって人によっては自分自身の思い込みのみになり、表現が外へ向かわず、一生懸命思いこんでいるだけで、表現するという事になっていないかも知れません。
 演技を外(見ている人)に向かって出していきましょう。

 まず、1番簡単なのは、やはり役の気持ち=自分の気持ちの時で、直接表現したい相手に向かって表現する時です。
 相手役または1人の観客に向かい前回やった「俺は芝居がしたいんだ」とやって見ましょう。相手に向かって喋ってる様に見える演技を考えるのではなく、自分自身の気持ちを相手にぶつけるつもりでやってみます。

 実際相手がこれを感じられるかどうかは置いておき、自分自身の気持ちが相手に向かって飛び出して行ったと感じられればOKです。
 次に相手(観客)の人数を増やして行きましょう。5人に向かって、10人に向かってと言う具合にして見ます。この時5人の観客の1人づつにではなく5人全員に同時に演技を発信していきます。この場合5人同時に相手を見るのは不可能になってきますから、「5人に対して、演技を発信して行くんだ」という意思が必要になってきます。
 10人だとより難しくなります。

 複数人数に対しても表現できたと感じられるようになってきたら、実際には居ない人を想定してやって見ましょう。人数も100人200人、あるいは1000人を相手にしてみます。
 また、なれてきたら劇場の観客席と言う事を考えてもいいかもしれません。この時の観客席は抽象的な観客席とならないよう、知っている劇場に何人くらい入っているという事を具体的に考えます。

 名古屋ならば、七つ寺スタジオに70人の観客、名演小劇場に120人の観客、文化小劇場に400人の観客、はてはセンチュリーホールに3000人の観客、という具合に考えます。

 観客席を想定した時に気を付けたいのは、気持ちを分かってもらう、又は遠くから見ても分かりやすいようになどと考えず、実際自分自身が3000人に対して演技(気持ち)を発信する事ができたかどうかです。

 さて、次は役のセリフに入ります。これもできるだけ役自身が張りきっている(自分自身の気持ちと近い)ものを選ぶとやりやすくなります。

 役のセリフになると難しくなるのは、“役の気持ちは観客には向かっていない”という事です。普通役の気持ちはストーリーにしたがって向けられるべき相手に向いていますし、その役は、普通、語り掛ける相手(相手役)を見て喋ります。
 しかし、それを演じているあなたの気持ちは、相手役に向かうのではなく、その演技を見せるべき相手(観客)に向かわねばなりません。
 この使い分けは非常に難しく、最初のうちは役の気持ちも自分の気持ちも全て相手役に向かってしまいます。
 どういう事かと言うと役の「ジュリエット、結婚しよう」という気持ちは当然相手役のジュリエットに向いています。しかし演じているあなたの「演技してるとなんて楽しいんだ、おお、セリフもばっちり決まった」という気持ちは観客席に向かわねばならないのに、あなた自身の気持ちまで相手役のジュリエットに向かってしまうと言う事です。

 初めのうちは全部相手役に向かってしまってもかまいませんから、2種類の気持ち(役の気持ち、自分の気持ち)を全部相手役に向かって出してしまいましょう。
 あなた自身はすごくやる気になり、演技は楽しいと気分を高揚させ、思いっきり息を吸い込み、ロミオにひたりつつ相手役にセリフを言います。
 両方の気持ちを発信する事ができたと感じられたならば、今度は相手役ではなく、客席の方を見て両方客席に向けて発信します。
 これもできるようになってきたならば、相手役を見て、客席に両方の気持ちを発信します。

 ここまでできるようになるには、何度かの本番経験とかなりの練習量が必要です。まずはここまでで十分です、相手役を見ながら役の気持ちと、自分自身の気持ちの両方を、その演技を見る人達(観客)に向けて、常に発信できるようになっていきましょう。

 役の気持ちと役者自身の気持ちの方向性の使い分けは、十分経験を積んでから考えるようにします。まずはどこ(相手役など)を向いていても観客席(見ている人達)に向かって演技を発信していく感覚を覚えこんでください。

 経験を積んでいけば、相手役に向かってリアルな感情で喋りつつ「今相手役に向かって一生懸命喋ってる役の様子を観客に伝えたい、しかも俺は今とてもカッコイイ」と発信していくような複雑な演技もできるようになります。

 今回はチョット難しかったかもしれません。またいずれこの続きはやりたいと思います。
では、今日はさようなら。

(2000年8月23日)

Copyright © 1990-2008 kaizokusen II All rights reserved.